2008年5月26日月曜日

日経ヴェリタスを買ってみました

 ひさびさに日曜日に大きな駅に行ったので、気になっていた日経ヴェリタスを買ってみました。
新聞(週刊)なのに一部500円!
半年購読では26週で13000円となっていましたから、
半年購読では駅売りと同じ一部500円(500×26=13000円)です。
 内容はやはり投資の中でも株寄りという感じでしょうか・・。
 個別株にはあまり興味がなく、マーケットの動きをざっくりとらえたい身としては、ちょっと個別株寄りすぎてオーバースペックでした。反対に個別株に投資するなら良い情報源になると思います。
 以前は情報収集はネット中心で紙媒体からは一時遠ざかっていましたが、最近は紙媒体の見直しつつあります。
 やはり情報がある程度精査されているので、「密度が濃い」「はずれが少ない」点は紙媒体の方が勝っているように思います。単行本の書籍が一番効率が良いのかも。

2008年5月18日日曜日

値上げの実感

 先月にくらべてガソリンが30円以上あがりました。
 よく行くパン屋では、総菜パン・菓子パンが15円から50円ぐらい値上げされていました。
 うどんは全国企業のプライベートブランドのものより、地元企業の方が30円ぐらい安く売っています。プライベートブランド=安いという式が崩れています。
 で、自分の財布にはどれぐらいの影響があるかというと、直観的にはわかりにくい。
そこで例によって、試算です。

・ガソリンの値上げの影響
 適当に「ありそうなL数」で切ってみますと・・。
 30円×30L=900円
 30円×50L=1500円
 30円×60L=1800円
 30円×80L=2400円
 30円×100L=3000円

総菜パン
 1度に2個たべるとして100円の値上げと仮定(1個あたり@50円)、1か月あたり。
 週に1回なら・・・400円
 週に2回なら・・・800円
 毎日なら ・・・3000円(1か月30日として)
 毎日2食なら・・6000円(値上げより健康と体重の方が心配?)


 ごくごくあたりまえの計算なのですが、こうしてみると「どれだけの量を買うか」ということが大きくお財布の残高へ影響を与えることがわかります。
 単純な対策は「購入量を減らす」ということになります。ガソリンは代替が効きませんが(公共交通機関という手がありますが、存在しない場合どうにもなりません)、食品などは選択枝が広いので、今まで2個買っていたものを1個にして、他の「もとの1個分と同額以下の別のもの」を選択すれば支払総額を増やさないことができます。
 実験がてら、穀物系で値上げしたものは購入を見送るもしくは分量を減らすなどして、旬の野菜などにシフトしてみようかと思います。そろそろ野菜も安くなってくる時期ですし、健康にも良さそうです。
 

2008年5月16日金曜日

楽しみな金曜日:まいにちロシア語

 ラジオ「まいにちロシア語」、黒田先生とエカテリーナ先生(今月からカーチャ先生(←愛称))の掛け合いが面白くなってきました。
 テキストには何も言及されていない新コーナー?が始まって、金曜日にはエカテリーナ先生がロシアに関するお話をしてくれることになりました。毎週金曜日が楽しみです。
 肝心のロシア語の方は、一度きいただけでは頭上のはるか上空(宇宙?)を通りすぎていくようで、覚えるとか頭に残るとかましてや理解するなどという状況を連想することすら困難です。
 反対に言えば何度目でもはじめて聞いたかのように飽きずに聞けるということなのである意味お得?
 少なくとも、今のところどの回も3回はきいている計算になるのですが、3回ぐらいじゃまだ宇宙です。
 やっとキリル文字の半分ぐらいが条件反射で読めるようになってきたかな?という程度ですが、それでも何かのはずみに「あっ読めた!」という機会があると異様に嬉しい。1年生のヨロコビです。
 

2008年5月13日火曜日

いまごろビジネス英会話(昨年度分)

 GWにNHKテキストの整理を兼ねて一部の本を分解-スキャンしました。
 ビジネス英会話のテキストを開いたところ各月のタイトルに覚えはあるものの、内容はさっぱり記憶になし。ふと思い立って適当に開いたページの録音を聴いてみたら面白いではないですか!去年はいったい何をしていたんだ。・・・いや、流していたのだけれどわからなかったのですね。さすがに全部聴くのは時間的に無理があるので、各月のWord Watchingの回と「あんな時、こんな時」を聴きなおしています。感覚としては初めて聴くのと同じですが・・。
 しかしListening Challengeは玉砕することが多くてちょっと哀しいですが、そもそも「こういう番組構成であることすら理解できていなかった」昨年に比べれば大した進歩・・と自分をなぐさめています。
 実践ビジネス英語でも志賀さん(主人公)が英語力について厳しいことを周囲に言われてますからね。「悩める主人公」(淡々としていますが)に共感です。

2008年5月4日日曜日

イスラームから考える:師岡カリーマ・エルサムニー、著

 白水社の4月の新刊。
 内容の前に、まず入手するのに一苦労。近所の書店4店をまわって、4店目の大型店でやっと発見。新刊といえども、全部が入荷されるわけではないということを身を持って体験しました。大型書店では平積みになっていたのですが・・。徒歩圏内に本屋が6件もあるという激戦区なので、新刊ならあるだろうと思いましたが意外に入手が大変でした。
 しかし苦労した甲斐あって読み始めたら止まらなくて一気に1日で読みきりました。
 NHKTVのアラビア語会話(現在再放送中・写真中央の美しい女性がカリーマ先生です)で何年か前にカリーマ先生の存在を知り、前著の「恋するアラブ人」も読みました。「恋するアラブ人」はアラブの詩・詩人がテーマの本です。次から次へと出てくる大詩人、名詩人の名前にまったくなじみがなく「ここまでアラブのことを知らないんだ」と妙な衝撃を受けるぐらいでした。
 たとえ読んだことがなくても、ロシアの文豪、とかフランスの作家とかドイツの哲学者とか「名前を聞いたことがある」程度なら一人ぐらい心あたりあると思います。アラブ文学にもあってもよさそうなものなのですが、考えてみたら思い当たらない。単に無知なだけかもしれませんが。
 そんな「知らないアラブ」への扉を開いてくれるカリーマ先生の新刊、いきなり「悪の枢軸を笑い飛ばせ」という章から始まります。なんと不穏な。と思いきや、米国でのアラブ系アメリカ人コメディアンの話題です。アメリカで中東系の顔立のアラブ系アメリカ人や中東からの移民の人がやりにくい日常を送っているであろうことはたやすく想像できます。しかし、それを笑いにつなげるコメディアンがいることは想像できなかったので、なんだかほっとしました。
 それにしても、前項のアーサー・ビナード氏の著書にも出てきた「なに人」問題(勝手に名付けてしまいました)、この本でも随所に出てきます。個人的に非常に驚いたのが以下のエピソード

(カリーマ先生がドイツでのある市立美術館のパーティに「日本から来たミス・モロオカ」と紹介されつつ談笑していて。以下引用)



「私はエジプト人なので。父がエジプト人で、私はエジプト育ちなのです」

 この一言で、それまで私に興味津々だったパーティの出席者たちが、まるで引き潮のように一斉に私から離れていった。九・一一事件の一年半前のことである。(p.87)


このくだりで「ええーーっ」と非常に驚いてしまいました。そもそも、「父がエジプト人で、エジプト育ち」のどこに問題があるのか、なにをそのパーティの出席者に想起させるのか理解不能です。
 また、この「ええーーっ」には個人的な背景があります。私は一度だけ「イスラーム」の人に対する生身の論評を聞いたことがあります。それは、昔昔の学生時代、ドイツ語を教えてくださったドイツ人教授が「イスラームの人はお酒をのまないし、まじめでよく働く。彼らは本当に素晴らしい」と絶賛していた1回のみなのです。
 なんせ、今のところ空前絶後、それ以前にもそれ以後にもイスラームに対する論評を自分のことばで語られたことがないため、私の中では「イスラームの人=まじめで素晴らしい人」という刷り込みがされていました。
 だから9.11は驚きでしたが、それでも何かのきっかけで人が狂信的になることはありうること。どこの国でも同じような危険はあるので「だからイスラームは」という発想にはつながりませんでした。特に私は「狂信的に戦争をした国」で、「宗教テロ」を経験している日本に住んでいるわけですし・・。
 そんなこともあって、9.11前から「エジプト育ち」と表明しただけで場が引いてしまうという状況だったというのは衝撃でした。それもよりによって、ドイツで・・。
 それにしても、人は「なに人」というのをどうやって判断するのでしょうか。
 前項でのアーサー・ビナード氏の著書にも「フランス人にフランス語で話しかけられる」話と「生粋のアメリカ人」という表現にまつわる話などがありました。「イスラームから考える」にもこの「なに人」かという問題があちこちに顔を出します。
 この「なに人」問題は私にも非常に身近です。というのは、日本にいれば、日本人と誰にも疑われることがない私ですが、海外旅行では「日本人ですか」と声をかけてくれたのはすべて日本人で、日本人以外の人には9割がた中国人だと思われるのです。
 「どうして日本人には日本人だと思われるのに、他の人には中国人だと判断されるのだろう」という点、いつも不思議に思っています。同じアジアでも韓国ではなく必ず中国なのです。
 ひとつの手がかりは見た目だとは思います。こどものころ見たTVで中国南部の少数民族を紹介している番組があって、そこに出ている人たちがあまりに自分の家族、親戚に似ているため「絶対先祖は親戚だ・・」とこども心に強く印象が残ったことがありました。
 きっと外国では私と身体的特徴が似ている人は中国の人が多いので中国人だと思われるのではないかと思いますが、本当のところはわかりません。
 そんな身近な「なに人」問題ですが、それが入国拒否につながったり、差別や不快なことにつながったりすれば深刻な問題です。イスラームやアラブの人、それに関係する人が神経質になるのもわかります。
 見た目の話ついでに、イスラームの女性のベールについて以下のような記述がありました。


 最近は東京でも、東南アジアなどの女性がベールを被って歩いている光景はまったく珍しくないし、日本人が違和感を抱いているようにも見受けられない。(P.73)


 これはきっとその通りなのでしょう。その「違和感」の無い理由のひとつかもしれないと思うのが、当地の農村地帯の女性の服装。以前書いたとおり、「鳥獣保護区」と看板のある地域を通過して通勤しているのですが、通過後に広がる農村地帯を歩く女性はほとんど、髪を隠すかぶりものをしています。帽子ではなく布なのですが、ちょうどイスラームの女性のように髪も首も隠れるようになっています。(かぶった姿しか見たことがないので、どのような長さの布かは不明です。)
 つまり、女性が髪を隠す服装はもともと日本でもそこそこ一般的で、見慣れているので違和感がないのではないかと思いました。私は「農村ファッション」と密かに名付けていますが、農村地帯の方々の独特の服装はよくよく見るとかなり都会で売っている服とは違うデザインとなっています。
 それにしても、アラビア語ってかっこいいですね。この本でも、アラビア語の「音」に対する考察がありますが、カタカナ語ではやっぱり実感が薄いので、音声配信でもしてくれたらなーと思ってしまいました。
 TVアラビア語講座(文化コーナーが大好きです)でカリーマ先生が朗読する時間があるのですが、「アラブのお姫様」もかくやという感じです。意味はさっぱりわからないのに「ああかっこいい」と音楽のよう思ってしまいます。私はお経も一種の音楽のように「わーかっこいい」と思うたちなので、ちょっと変わっているのかもしれませんが・・。
 カリーマ先生の夢に「アラブの文化や歴史を彩る個性豊かな人々について楽しく読んでもらえるような本を書きたい」(P.175)というのがあるそうです。一部実現していますが、これからももっとどんどん書いていただきたいと思います。
 


イスラームから考えるイスラームから考える
師岡 カリーマ・エルサムニー

白水社 2008-04
売り上げランキング : 49598

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


恋するアラブ人恋するアラブ人
師岡 カリーマ・エルサムニー

白水社 2004-11
売り上げランキング : 140004
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

2008年5月3日土曜日

空からきた魚:アーサー・ビナード、著

 母語ではない言葉を操る人はどなたもすごいと思います。その中でも商売になるほどの文章を書けるとなれば興味は一層増します。
 アーサー・ビナード氏は、大学時代に日本語をかじり、卒業してから来日し、日本語で詩を書く「詩人」となった驚嘆すべき「ことば」の才能の持ち主です。
 そのビナード氏のエッセイが「空からきた魚」と「出世ミミズ」です。どちらも詩的なタイトルですね。ミミズを詩的と言ってよいのか、ちょっと躊躇してしまいますが・・。
 これが「すみれ」とか「大海原」などだったら躊躇しないだろうと思うあたり・・ことばって不思議です。
 さて、著者が後天的に身につけた日本語でエッセイが書かれているのですが、普通の身辺雑記としても目のつけどころが面白い。
 自転車好きで昆虫好きでアウトドア派でしかも米国とイタリアとインドで暮らしたことがあり、東京と青森を往復しているという、「複眼」の持ち主だからこそ書ける話題満載です。
 それが「日本語」で綴られているわけですが、その「ことば」に「あれっ?」とひっかかることがあります。それが不快なひっかかりではなく愉快なひっかかりなのです。
 以下に「気になる文章」の一例を引用するとこんな感じです。



 というのは、懇意にしてもらっている家へお邪魔に上がれば、風呂無し児を哀れんで、「よかったら浴びていけば」といってくれるのだ。その言葉に甘えて、ぼくは湯銭を浮かすのだった。(P.132)



 この文章、意味はわかる、文法も漢字も間違っていないと思います。でもなんだかひっかかるのです。どうしてなのかつらつら考えてみると、ひとつは「お邪魔に上がる」という謙譲表現が自分の日常にはないこと。もうひとつは「よかったら浴びていけば」という表現が非常に東京的というか江戸的に感じられること。さらに「懇意」「湯銭」という漢字で「非日常感」が追加といったことが原因のようです。
 そもそもよそのお宅でお風呂を借りるという状況からして「非日常」の範疇ですが・・。
 でも、この文章から総合的に受けとる情報からは「東京の人もまだ人情があっていいねぇ」「よかったね」という感想が出てきます。この「にこにこ感」と「ことばそのものに対する違和感」を一度に味わえて二度おいしいのがこの著者の文章です。
 ひっかかるたびに「自分ならどう表現するか」「何がひっかかりの元なのか」つらつら考えながら読むととても楽しいです。
 それにしても、著者は、小学生に混じって書道を習い、短歌に俳句に謡(うたい:見たこともきいたこともありません)まで。すごい行動力です。
 やっぱり「達人」になるには行動力が必要なのですね。見習おう。

空からきた魚 (集英社文庫 ひ 27-2) (集英社文庫 ひ 27-2)空からきた魚 (集英社文庫 ひ 27-2) (集英社文庫 ひ 27-2)
アーサー・ビナード

集英社 2008-02-20
売り上げランキング : 160633

Amazonで詳しく見る
by G-Tools



出世ミミズ (集英社文庫(日本))出世ミミズ (集英社文庫(日本))
アーサー・ビナード

集英社 2006-02-17
売り上げランキング : 41033
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

2008年5月1日木曜日

スピーカーが昇天

 愛用のアクティブスピーカーが壊れてしまいました。ものすごく酷使したので壊れるのも納得・・。ただ今同じものを発注中。届くまではイヤホンで代用です。
 ちいさなスピーカーですが、あるとないとでは大違い。いかに毎日の生活に役だってくれていたか実感しました。
 実は通訳者の本などにちょくちょく載っている、「熱心な勉強でラジカセを何台も壊した」というようなエピソードにちょっと憧れていました。
 この手のガジェットを「壊れることに得心が行く」ぐらい使い込んだのははじめてだったので、ちょっと「語学の世界の人」に近付けたようでなんとなく嬉しい。
 壊してばかりで肝心の語学が上達しなければ意味はないのですが・・。
 単に使い方が荒かっただけかもしれないので2代目スピーカーが届いたらもう少し丁寧に扱うようにします。